オリーブと葡萄の丘より
その五 (26〜29)
26 カピトーネ村・冬 '96/1/17
 ナルニからカピトーネ村に向かう裏道、モレリノ通りの入口にこの農家がある。

 この頃 は寒いので、不精して車の中からスケッチする。別の場所だが、家の入口近くに車を停め て描いてると追っ払われた苦い経験があるので、今回は親父が出てきた時に、絵描きであ って不審人物でないことをアピールしておいた。

 それでも何回か様子をうかがいに来た。 よほど怪しい人物に見えたようだ。そう言えばこのところ何十年かぶりの泥棒がでたそう で、用心しているのも頷ける。

 しかしイタリアの泥棒はすごい、車で乗り付けてあらいざらい持っていく。ブレーシア の手塚さんの家も、山荘に置いてあった家具や絵画をごっそりやられたそうだ。さすがに やることが豪快だ。

 ちょっと信じがたい話だけれど、車を離れる時、カーステレオを外し てハンドバックのように手に持って歩く。下手に鍵をしておくとフロントガラスを割られ て、盗まれるそうだ。最初は冗談だと思ったが、まんざら嘘でもないらしい。

 日本の旅行 者がよく、置き引きやスリの被害にあうというが、世界一豊かで安全な国にいれば、さも ありなん。



27 私たちの家(カピトーネ村) '96/2/5
 いよいよ帰国の準備にかからねばならない。航空チケットの都合上二月の末までイタリ アにいて、その後アムステルダム経由でニューヨークに入る。十日ほど滞在して帰国する 予定だ。後一ヵ月余り、できるだけ身の回りの風景をスケッチしておきたい。

 私たちの家はカーサ・キムラの広い庭の片隅にポツンとあり、十五畳ほどのスペースに ベットと机があり、バスルームが付いている。食事は母屋のキッチンでマリアが作り、私 たちも手伝ったりして、食べる事が多い。小さな家だが石造りの本格的なもので、私たち のような長期滞在型の旅行者には、理想的な環境であった。

 イタリアから日本に荷物を送るのだが、これがなかなか大変な仕事であった。勿論日本 のようなユウパックがあるはずもなく、まず大きさと重さの制限を確認してダンボール箱 を作り変えるところから始まる。

 梱包はただガムテープを貼っただけではだめで、無地の 紙で上からくるみ紐を掛ける、さらに鉛の金具で封印をする。ここからが又一仕事だ。出 来るだけ人のいない時間を見計らって郵便局へ行くのだが、同じような書類を何枚書く、 人が来ればおしゃべりで一休み。半日は覚悟した方がいいだろう。



28 ナルニ遠望 '96/2/15
 緑色の海に浮かぶ島のような、ナルニの市街地遠望がこのスケッチだ。左の方に見える のが、ロッカ(城砦)で現在修復中。将来は市の博物館になるそうだ。本当はもう少し左 にあるのだが、どうしてもこの風景に入れたくて動かした。

 個展の時、沢山の人に絵を譲らないか、と言われた。地元の人に絵を持ってもらうのは 絵描きとして嬉しい事なのだが、自分で持っていたい気持ちが強く踏ん切れないでいた。

 ある日上品な紳士が絵を譲ってくれと言って来た。いつもの様に丁寧に断ると、それで もあきらめがたそうに、ゆっくり見ていた。帰ったかなと思っていると、お供を連れて再 びやって来た。どうやら、この人は市長であなたの絵を市で欲しいと言っているらしいが よく解らない。翌日利夫さんに来てもらい、ようやく詳細が明らかになった。

 将来市の博物館が出来た時に、そこに入れてもらうという約束で五点寄贈することにし た。一週間ほど前にその贈呈式があったのだが、重厚な暖房もない幾世紀も前の議会室に ずらりと対峙した議員たちを前に、挨拶をするように言われた時は、あせってしまった。

 何年後になるか、ロッカに飾られた自分の絵と再会するのを楽しみにしている。



29 バイバイ・カピトーネ '96/2/16
 カピトーネ村の最後のスケッチがこれだ。ジュゼッペ爺さんの家の近くモレリノ通りを描いた。

 終わりの一週間はお世話になった人とのお別れパーティでいつの間にか過ぎてしまった個展の時に最初の段階からなにかとアドバイスをしてくれた建築家のブルーノさん、市の文化課のプルチネラさん、マリアの友達でナルニの住人のヤードラナとフランコさん夫婦。彼らの親切には頭が下がる。ジュゼッペ爺さんとイールダ婆さん、おふたりには言葉で言えないほどの愛情をもらった。利夫さんの父さん母さんとお姉さん、彼らはローマに住んでいて、日本にいるように温かくもてなしてくれた。最後にマリアと利夫さん夫婦、見知らぬ私たちを、何の疑いもなく受け入れてくれた彼らには、何を言っても足らない。最大限の感謝を送ろう。

 とにかくありがとう。タローくんにハナコちゃん、是非日本で会いたいね。ロビンにシロ、お前たちにどれだけ笑わされたか。ありがとう。

 イタリアは私たちの第二の故郷になった。楽しい思い出をありがとう。最後にもう一度。

 バイバイ・カピトーネ!



あとがき
 帰国してからはや10ヶ月。師走の風が身にしみる今日この頃だ。時を 追うにつれ、去年の今頃は葡萄狩りをしていたとか、どこそこに旅に出ていたとか、 辛かったことは風化して、楽しかった思いでだけが膨らんでゆく。

 出かける前からのことなのか、テレビの番組などでもイタリアという 文字がやたらと目に付く。日本人はイタリアがそんなに好きだったのかしら、と訝しがってみたりする。 なんでもすぐにブームにしてしまう悪い癖でそのうちティラミスのように忘れられてしまうのだろうか。

 それともやっとイタリアの文化の奥深さや、真の豊かさが理解されつつあるのか。それにしても 日本の情報量と消費量はすごい。すべてを商品にしてしまうこの貪欲な怪物は、いったい何処へ行こうと しているのか。我と我が身に鑑みて、つらつらと考えてみたい。

 ご覧頂いて有難うございました。
1996年12月3日
 
その12345
Copyright(C)1999 Kazuharu Enami.ALL Rights Reserved.