過去の作品コメント
 「塔のある館」    1982 F10
 「大きな樹の下で」 1984 F80
 「こたえてください4」1999 F30
 「 舞 」        2001 F20
 「ひこ星」       2003 F30

2003年5月
絵描きのぼやき

5月31日 (土)

はる 750
 今日は雨の中二箇所の展覧会の搬出疲れました。
 故にここまで。又明日。

 以下のコラムは後日編集したものです。

 「塔のある館」F10 1982 (はる761より転載)

  いまトップにさらしてある「塔のある館」は、地元神戸の(うろこの館)として有名になった異人館だ。阪神大地震でこの塔も傾いてしまったけれど、今はもう前より綺麗になって復活しているようだ。

 この当時、こんな描き方しか出来なかったけれど、今見ても七転八倒苦労しているなぁと思う。けれどそういった若いエネルギーが感じられて(私の絵には最も少ない)、うらやましくも懐かしい。同じ画面に、これでもかこれでもかと何枚も絵がかかれている。もうこんな絵は描けない。

 「こたえてください4」F30 1999

 何点かあるこのシリーズのなかでも自分なりに良く出来た作品だ。このあたりの仕事はほとんど色を使うことから離れて、マチエールと形、それからイメージを表現する「ことば」とのコラボレーションをこころがけているように思う。と思うというのは無責任な言い方だけれど、実際に絵を描いている時はそんなことはあまり考えていないからねぇ。その後、タイトルのつけ方が大きく変わった。

 「ひこ星」F30 2003
 
 額と一体になったような仕事をしたかった、ということになるのがろうか。大体展覧会などがあると画材店にとんでいき既成の額を購入する。それはそれでいいのだけれど本来ならば額も自作すべきなんだなぁといつも思っていた。絵に相当なこだわりを持って描いているのにそれをいざ展示する段階になると、ありきたりな額でよしとするというのは少し解せない。だからといって額まで自作する時間も技術もないので、だいじな絵と額の境のところ(マット)を絵と一緒に描いたらどうだろうかとやってみた仕事。うまくいっているだろうか?

 「舞」F20 2001

 白川静さんの著書に「字解」という字引のような大著がある。この本に出会って漢字の世界がぐっと大きく広がった。最近の作品の多くのテーマがここらあたりからでてきている。私にとってはあまり人に教えたくない「イメージの源泉」といっても言い過ぎではない。

 そのなかに「舞」という漢字の意味を偶然あけたページで見つけた。なんとこれは象形文字であって、人か羽飾りを持って神様に踊りを奉納しているかたちからきているのだ。そういわれこの字をジーっと眺めていると、人が踊り出すから不思議だ。
 ここらあたりは書と同じ融通無碍。表現が一つ上にいったと感じた作品だ。


更新時間 : 13:26:16

5月30日 (金)

はる 479
 今日は一日美術館に缶詰。中学生の団体と知り合いが少々来てくれただけだった。皮肉に聞こえるかもしれないけれど、静かないい一日を過ごしたという感じだ。

 中学生の団体を見ていて思った。この子たちに何をメッセージとして伝えれば興味を持って聴いてくれるのかと、どうすれば伝えることができるのだろうかと。確かに色んな方法はあるのだろうけれど、今ここに来てこの絵を観ても何も伝わらないだろうなぁと思った。自分の力不足ということもあるのだけれど、「絵画」という表現方法そのものが、すでに終わってしまった媒体なのかなぁと少々さびしく思う。

 ものを感じる(触覚的な意味でなく)という感覚は反対に言えばものを表現するということと限りなくイコールだと思える。なぜなら自分が感じるこの感覚をいかにすれば人に伝える事ができるか、そう考えることが表現の第一歩だと思えるからだ。表現しようという意志のない人間にものを感じてもらうのは難しい。

 我々日本人が欧米の人から見て無表情で何を考えているか分かりにくいというのは、表現が下手だということもあるけれど、いかにすれば分かってもらえるかという努力=考えることを怠ってきたからだ。いまここで急に自分を表現しろといっても無理な話で、表現する自分というものを考える教育がなされなくては、何も始らない。

 芸術教科が風前の灯火だ。週休二日になってまず犠牲になるのがこれらの付属教科と考えられている学科だ。不景気になってとりあえず即戦力になる英語や算数、理科、社会、が大切だ。それはわかるけれど本当はとりあえずではなく、百年先見て「芸術教科が大切だ」って誰か言わないだろうか。どう思う?

 さて何だか分からん文章になった。また明日。

更新時間 : 22:30:47

5月29日 (木)

はる 748
 榎並という名前はけっこう珍しく、時々「本名は何ですか?」と、ときどき聞かれる。作家などのよく使うペンネームと勘違いしているのだとおもうのだけれど、正真正銘の本名です。
 
 たいそうにルーツを語るほど名前に由来はないのだけれど、元々両親は兵庫県の淡路島の出身だ。昔興味をもってそのルーツをさぐったことがあったけれど、よほどの名士でなければ何代も過去にはもどれない。ご多分にもれず4,5代で行き詰まった。

 何年か前に「明石大橋」が出来たときに、兄弟何人かで昔の故郷探検にでかけたけれど、私にとってはほとんど記憶のない場所で、大きな兄たちほど懐かしさは感じられなかった。「榎列村」という村があり、これを「えなみむら」と読んだ。なるほど由来はどこにでもありそうな話だった。

 随分前になるけれど、何処の誰だか知らない「和春」さんからメールが届いた事があった。今なら多分開かずに削除したかもしれないけれど、まだのんきな頃だった。全国の「和春」さんを探してメールを出しているそうだ。暇な人もいるんだね。

 それではまた明日。

更新時間 : 20:34:56

5月28日 (水)

はる 747
 今日はもう一つのグループ展(ハーパーズ・ミル)の(ハーモニック・ハート展)の搬入、その後中庭でみんなでバーベキューパーティーとなった。
 
 という訳で今さっき帰りました。では又明日。

■5/29〜6/10(火曜休廊)
 ハーモニック・ハート展(グループ展)
 ハーパーズ・ミル
 甲府市東光寺町1346
 055-232-2974



更新時間 : 23:23:49

5月27日 (火)

はる 746
 「マトリックス1」が面白いと感じたのは、もちろんそのアクションシーンの特撮が特別だったということもあるけれど、そのアイディアがなるほどと納得させられたからだ。
 機械対人間という発想はそう新しいものではないけれど、実はこの今生活しているわれわれの世界がコンピュータのバーチャルな世界だったというところが斬新だった。
 
 「荘子」の「斎物論」のなかに「胡蝶の夢」というのがある。ざっといえばこんな話だ。彼が夢の中で蝶になって遊んでいた、目が覚めてみると自分は人間だったのか、蝶だったのかわからなくなったという話で、現実と夢、生と死、真実と嘘は実は表裏一体なもので分かち難いものだということだ。

 実際たとえば今我々は夜眠りにつくと、必ず目覚めるから、この世界が現実の世界だと認識するのだけれど、もしそのまま目覚めなかったとしたら、無意識の夢の世界の方が現実ということになるのではなかろうか。
 よくうたた寝をしてハッと気付いた時に「私は何者、ここは何処」と思うことがある。実際、今私はわたしをやっているけれど、気が付いたとき私でない可能性もあるのじゃないかと思ったりするのだけれど、みなさんはどうでしょうか?

グループ展の様子トップにアップしましたので観て下さいな。
 
 では又明日。

更新時間 : 23:33:13

5月26日 (月)

はる 745
 今日は書く気なし。

 ではまた明日。

更新時間 : 23:42:16

5月25日 (日)

はる 744
 今日は朝からグループ展の搬入。天気がよくてよかった。それにしても美術館はひっそりと、実に静かな一日だった。

 何だか最近は公立美術館も独立採算制がとられたとか、取られる、という話でにわかに浮き足立って、商売っけを出し始めたところもあるけれど、幸か不幸かここはそういった「受ける企画」も考えず、我が道を行くと孤高をきどって、なかなかいさぎいい。
 内実をよく知らないので好きなことが言えるのだが、開館当時、この美術館はこういった「地方の公立美術館」のはしりで、「ミレーの美術館」ということで、全国でも珍しく人が呼べる、黒字の美術館として名前を馳せた。観光コースにもなっていて、ゴールデンウイークなど観光バスが何台も駐車場に並んでいた。一杯気分の観光客が我々の展示場にもなだれをうって入ってきて、閉口したおぼえがある。
 そういった、「味噌も糞も一緒」、人さえたくさん入ればいいのだ。といったなさけない状態も過ぎ、最近はややマンネリで集客力も衰えてきたようだ。考えてみればこういった施設に観光客がドヤドヤと訪れる方が異常だったのだ。
 どうだろうか、こういった地元の施設は本来我々地元の人間が有効に使うべきものであって、そんなにぞろぞろと並んで利用するものでもないだろう、ディズニーランドじゃあるまいに。などなど・・。


 昨日は「マトリックス2」の先行ロードショーを観た。この映画の「パート1」の方は久し振りにハリウッド映画の面白さを堪能した。だからこれの「パート2」ができるのを、いまかいまかと待っていた。結果は期待したほど楽しめなかったなぁ。何だろうか。物語が複雑になりすぎてよく理解できなかったということもあるけれど、こういった特撮にはもう驚かなくなったということだろうか。

 人間の目というのはすぐに飽きてしまうものだ。「スターウォーズ」にしても、最初はこういったCGを多用した特撮に度肝を抜かれた。しかし二度目はもう驚かないんだなぁ。もっと新しい何かを求めてしまう。強い刺激というものは次からつぎと切りがない。薬物中毒患者がさらに強い刺激を求めるのに似てるかもしれない。

 観終わった後に何の感想も浮かばなかった。これはやっぱり悲しい。原因は「人間のドラマ」が希薄だからだろう。ようするに「人間」を描くことに主題がない映画だからだろうか。観終わった後に空しさしか残らなかった。こんなハリウッド映画はもうだめだろう。

更新時間 : 23:01:47

5月24日 (土)

はる 743
 今日は野暮用で今帰りました。ということで又明日。

 そうそう、明日から県立美術館で第13回スクエア展(グループ展)が始ります。季節もいいので散歩がてら観に来てくださいな。美術館の庭はきもちいいですよ。ちなみに私の会場当番は30日(金)です。

 さてそれでは。


更新時間 : 23:11:05

5月23日 (金)

はる 742
 定時制の先生たちと話していると少し普通の感覚とずれてくるところがある。ここにに来る先生というのはある意味、教師としての出世を捨てたか、なんらかの理由で諦めざるを得なかったかのどちらかだ。実際の所そうやって居直ってやらないとできないしごとかもしれない。
 人間の生活パターンとして、人が働いている時に休んで、休んでいる時に仕事するというのは、長くやっているとどこか疲れてくるものだ。
 私もかれこれ20年になる。飽き性な自分がこうやって続いているのは、よっぽど性にあったのかもしれないね。

「大きな樹の下で」1984F80
 有元利夫の学生時代の作品に「私にとってのピエロ・デッラ・フランチェスカ」という10点ぐらいの連作があった。それまでほとんど知りもしなかったこのフレスコ画の美しさに度肝を抜かれた。時代というのは不思議なものだ、とりつかれたように誰もがこのフレスコ画に恋をした。同じルネサンス以前の画家でもこれほど日本人に愛された画家はいなかったかもしれない。うるおぼえだけれど日本画の入江波光なんかもこれを模写してた気がする。
 この絵はそんな色々な影響をもろに受けた頃の作品だ。


更新時間 : 23:14:14

5月22日 (木)

はる 741
 一日家に居ると色んな電話がかかってくる。大体が私以外が目的の電話なのだが、ときに私相手の電話がかかってくる時が有る。多くの場合東京の展覧会が始った頃で、最近はわりに少なくなってきたとはいえ、ワンシーズン4、5件の電話がある。
 最初は面白がって話を聞いてはいたのだけれど、多かれ少なかれ「評論家の・・先生の推薦により」だとか「絵を見て感動しました」とか取ってつけたような話をくっ付けて、こちらの関心を呼ぼうとする。値段も突拍子もなく高いのだけれど、だれがそんな「アホみたいな」話に乗るのか興味があって、いつぞやその「あほな雑誌」を立読みしてみた。あまり話すと営業妨害になるのかもしれないけれど、それはもう素晴らしい作品だった。

 昨日授業中に電話が鳴った。大体授業中に電話を取り次ぐことも珍しいことなので、さぞ緊急事態だろうと思って取ったのだけれど、驚いた事に「・・コーポレーション」などというわけの分からん営業の電話だった。どこでどうやって私の仕事先を知ったのか、まぁそれは色んな手があるのだろうけれど、時と場所で頭に来た。其の日一日とても気分の悪い一日となってしまった。

 今もそんなことに腹を立ててしまった自分に腹が立つ。

更新時間 : 23:09:25

5月21日 (水)

はる 740
 フィレンツェに行った時、どうもはじめて来た町という気がしなかった。どこか懐かしい香りと雰囲気がした。確かに花の大聖堂や大きな鐘楼は今までに見たことはないのだけれど、それほどビックリはしなかった。
 ずっと考えていて、何年か前に京都に行った時、あぁそうだ京都の町ににてるんだと思った。このことを今まで誰にも言わなかったのだけれど、だれか賛成してくれる人います?

 考えてみると色々と共通している事がある。どちらも古い都であることや、そんなに大きな町ではないこと。今は大きな産業も無く観光で食べてることなど。また伝統的な手工芸や、古いお店や細工師などが今も延々と続いていることなどなど。共通項も多いけれど最近はそうでもないのかな。

 スロー・フードなる言葉が最近はすごくメジャーになってきたけれど、発祥の地がイタリアだと知ってた?これは単に「ファースト・フード」のアンチではない考え方でね、要するに食べることだけではなく、衣食住全てについて「ゆっくり楽しくやる人生」ってことかな。これがイタリア発ってところが面白い。

 どうも我々は未だに外国産のアイデアに弱いところがある。実はこの「スロー・フード」なるアイデアもちゃんと我々は持ってるじゃないの、いわゆる懐石とかお茶とかお花とかね。人生を楽しむことにかけては我々の先人も随分長けていたという気がする。そのことをどうも忘れていたのじゃないかと思った。

 「あそびをせんとやうまれけん、たわむれせんとやうまれけん」人生の奥義はこれかもしれないね。

 

更新時間 : 22:36:56

5月20日 (火)

はる 739
 今日は一日学校で今帰りました。

 家人が舟越桂を見てきた。其のカタログを見て「あぁこの人は世の中に待たれていたんだなぁ」という感想をもった。親父さんが高名な彫刻家の舟越保武だから、同じ土俵で勝負するのはなかなか大変なことだろう。人並み以上に努力しなければ、潰されてしまう。血筋だからと簡単に言う人がいるけれど、サラブレッドはそれなりにしんどいだろうなぁと推測する。

 何だろう彼の彫刻からにじみ出てくる品のよさみたいなものは、全てが深い物思いに沈んだ憂いを秘めている。通俗といえばそうなんだけれど、有元利夫なんかにも通じる大衆性と品格を両方併せ持った羨ましい資質だと思う。

 スローな歌が聴きたいな。そんな気分だ。

更新時間 : 22:44:51

5月19日 (月)

はる 738
 今日はきょうで忙しかったなぁ。何だかあっという間に一日が終わってしまった。午前中は100号の地塗りを始める。バタバタと区切りのつくまでやるしかない。これは途中で終わるという事が出来ない仕事なんでね。

 午後からは神戸の個展の準備を始める。DMの絵の選択はもうすでに終わって、友人のデザイナーにお任せした。どんな感じに仕上がるのか、これがけっこう楽しみだ。六月の始め頃にはUPできるのじゃないだろうか。
 もしDM希望ならメールで言ってください。(協力してください)といった方がいいのかな。地元の友人知人にお願いしても、たかが知れた数でしかないし、興味のない人に送ってもただのダイレクト・メールにすぎない。できたら興味のある人に見てもらいたいし、来てもらいたい。よろしくお願いします。

 来週から色々グループ展が始ります。見落としがないように、これもまたよろしくお願いしますね。それではまた。 

更新時間 : 22:47:31

5月18日 (日)

はる 737
 今日は一日裸婦クロッキー。疲れた。

更新時間 : 21:14:25

5月17日 (土)

はる 736
 銀行がまたつぶれる。政府が公的資金を投入を決めた、二兆円規模の援助になる予定だと、簡単に言っていた。二兆円っていえば国民一人あたり二万円ということになるのだ。え〜っ!誰がどのような理由でそんなこと良いっていった。

 たまたま見たテレビで、はげたおっさんが頭下げてたけれど、「おい、あんたらはどう責任とるの?もちろん給料の何パーセントは返しているんだろうな、そんな平然とした顔でテレビに出られるのだから」なんて嫌味のひとつも言いたくなる。何かおかしくないか、素人だからって誤魔化されている気がするなぁ。
 銀行屋さん本人が遅れてるという自覚ないものね、資金いくらつぎ込んでも海に塩まくみたいなものじゃないの。窓口ひとつ改善されないじゃないか。何処見て商売してるのか、そこのところが分かっていないから、どんどん置いてきぼりをくってるのじゃないの。
 
 商売やられている方の話で、娘さんや息子さんが日本は住みにくいからっていって、カナダとニュージーランドに移住してしまった。かの地は生活必需品は極力抑えられていて、住空間もめぐまれていて、若い夫婦が生きて行くのにはとても住みやすいようにされていると言う話だった。特に子供の教育には鉛筆一本さえ買う必要も無く随分助かるということをきいた。何ヶ月か日本に帰って来て、その間臨時に子供たちを、日本の学校に入れようとしたら、まず驚いたのが、教育委員会という融通のきかないお役所で、色んな書類を書かされて、其の上一応は無料なんだけれど、そろいの体育着だとか、何かんだでけっこうな値段になったということだ。

 世界に誇る(日本システム)だったけれど、色んなところでボロがでてきた。追いつけ追い越せのハングリー精神で叱咤激励するのは、ある意味ものすごく簡単なことなんだ。実はその成功のなかに現在の危機のめがすでに隠れていたんだな。次の目標なり指針がものすごく大事だということだろう。

 斜陽したから、住みにくいから、日本なんてといって出て行くのはすごく簡単なことだ。しかしもし誰もかれもがでていってしまえば、ここは百年たっても変わらない、いやもう日本そのものがなくなっているかもしれない。

 さてあなたはどうするのでしょうか?


更新時間 : 21:58:44

5月16日 (金)

はる 735
 自分の眼というのか、審美眼というのか、そういったものを、一応信じて来たわけだ。でないと絵なんか描いてはいけない。しかしこれがなかなか難しい。
 私を基準に考えて、いったい何を元に「いい悪い」を判断しているのだろうか、それが分かれば、言葉にできれば色んな人に言い訳もできるだろうにと思うのだけれど、これもなかなか難しい。

 「いいか、悪いか」は一瞬できまる。そのことの判断にけっこう自信を持っていたのだけれど、ここのところ色々な情報が入ってきて、世間で「いい」といわれて評価されているものの良さが分からなくなってきた。
 例えば、今日の新聞でアメリカのオークションで日本の作家が落札されたと出ていたけれど、この作品のよさが全く分からない。アニメーションが日本の文化の重要な発信媒体になっているということは、大いに認めるし、誇りにさえおもっているところがあるのだけれど・・・分からないなぁ。

 「自分の眼力」にはそれなりに自信をもっていたのだけれど、何かこのところ世間とずれてきているのかなぁなんて思う。どうだろうか。

 何だか眠たいので、文章が変だ。じゃおやすみ。

更新時間 : 23:51:09

5月15日 (木)

はる 734
 気が付けばもう今年も半分過ぎてしまう。ついこの間初詣の話を書いたきがしたのだけれど、あれは半年前の出来事だったのね。

 時には共通の匂いみたいなものがあって、何十年かして客観的にみた時に「あぁあれがその匂いだったのか」と気づく。例えば小学校の頃、我々は何の疑いも無く運動服は白だった。白い靴に白い靴下に白い半ズボンに白い上着と決まっていた。汗と埃でどろどろになって洗濯してもらったのはいいけれど、次の朝雨降りでなかなか乾かなくて、お袋に泣きついてアイロンで乾かしてアツアツのやつを着込んでいったおぼえがある。

 中学校になってもトレパンは白だったなぁ。ブラスバンド部だったので体育祭はけっこう裏方の生演奏で協力した。その頃はブラバンの席は特別席があったきがしたけれどなぁ。昼休みはクラブ紹介があって、ブラバンは白いトレパンに赤いラインを入れて、ガクランには金のモールを縫いつけた格好で、各クラブの先頭を演奏しながら行進した。今考えると漫画みたいだけれど、そのころは大真面目でけっこううれしかった。

 そんな時代の匂いが妙になつかしい。


 About以下少しデザインを変えました。
 

更新時間 : 22:51:01

5月14日 (水)

はる 733
 大阪の都島から天六にかけて、ごたごたとした下町を真夜中に京阪電鉄の千林にある、自分のアパートまで歩いて帰ったことがある。もうずいぶん前の話で、当時まだ地下鉄の拡張工事をしていた。その工事が原因で天六で大きなガス爆発事故があった頃だ。そんなこともあって余計に物々しく警戒されていて、ゴタゴタした町が余計に鬱陶しく、活気の無い町に見えた。

 若い頃というのは、自分にとっては余り話したくない恥ずかしいことが多く、今でも自分の記憶の片隅に、何となく言いそびれ固まっているような気がする。本当は誰しもが通って来た「青い道」なんだろうけれど、「もう一度若い頃に帰してやる」といわれても、あの頃だけにはもう戻りたくない。自分は何をする人間なのか?本当は何もしたくないのじゃないか?特別考えるのが遅かった、スローな私は何度もなんども同じ間違いをおかして、ボロボロになって模索していた。
 当時、大学は大阪の工業大学で自分に合わない選択をしたことを、大いに反省した。

 あれから30年も経ってしまった。

更新時間 : 21:16:41

5月13日 (火)

はる 732

 今帰って来ました。とても疲れたので、もう寝ます。

更新時間 : 22:52:18

5月12日 (月)

はる 731
 午前中、100号のパネルに綿布を水張りする。しわにならないように、ゴミを巻き込まないようにするにはけっこう熟練を要する。アトリエは100号のパネルを寝かせると、ほぼ一杯になる。それゆえに尚の事難しいのだ。きれいに張りあがると、これはこれで嬉しいものだ。充分に乾かして、下地をどうするか考える。ここらあたりが一番楽しいかもしれないね。

 油彩画を描いていた頃は、キャンバス張り機でがんがんに引っ張って、何本も金具を駄目にした。キャンバスは雨や湿気が多い方がいいって知っていた?これも筋が入らないように張るのはけっこう難しい。
 油性のキャンバスには油性の独特な匂いがある。特に新しいキャンバスは匂いが強い。これを嗅ぐと何か描かなければという、昔からの習性がよみがえるなぁ。
 この間久し振りに美術館に行ったら、油絵の匂いがムンムンしていたので、妙に懐かしかった。これはこれでいいようにも思う。

 このパネルには何を描くのか、まだ何も決めていない。たぶん今年の個展の看板になるのだろう。

 明日はまた学校からです。ではでは。

更新時間 : 21:48:52

5月11日 (日)

はる 730
 昨日屋根にペンキを塗ったら、今日は雨だった。ラッキー。

 去年だったけなぁ雨漏りして大変だったのは。知らない人には教えてあげるけれど、雨漏りの修理はなかなか素人には難しいよ。とりあえず雨漏りは止まったけれど、なぜそこから雨がもるのか?そこのところのメカニズムがまったくわからない。普通に考えて水は低い所から高いところにはまわらないはずなんだけれど、摩訶不思議、毛管現象かなんか知らないけれど、そういったことが起こるらしい。だから屋根はいつも気にはしているのだけれどね。

 写真は嘘つきだ。本当らしく見えるところがまたまたシャラクサイ。いいところだけ切り取って、それらしく見せるのは我々の仕事にもつながる詐欺の手口だなぁ。詐欺って言ってしまえば元も子もないけれど、往々にして観光案内やダイレクトメールやカタログなど「見せ方の手口」で騙される。まぁ気持ちよく騙されるか、後で怒りをかうかの違いかもしれないけれど、所詮こういったものは(夢、まぼろし)のようなものだろう。それでいいのだ。気持ちよく騙しておくれ。

 玄関の写真。ユメユメだまされないように。
 

更新時間 : 23:01:52

5月10日 (土)

はる 729
 今日は暑い一日だった。午前中ホームセンターによってペンキを買った。刷毛はアトリエにある適当なやつでかまわないだろう。

 前々から気になっていた屋根のペンキのはげたところを補修することにした。もう何回も補修しているので厚くなっているところはけっこういいマチエールになっている。最初、色にもけっこうこだわっていて、自分なりに調合したりしていたのだけれど、こうやって何回も繰り返しているうちに面倒くさくなって、いい加減な色でごまかしている。なさけない!それにしてもどうしてもう少しましな色を用意しておいてくれないのだろう、不思議だ。モスグリーンにしたいのだけれど黄緑しかない。だから今の屋根はとても素敵なマダラ模様となっている。

 屋根やサンっていう商売があるのかしらないけれど、どうやってしらべるのか、私のところへよくやってくる。ヘリコブターで航空写真でもとってるのだろうか、誰が見ても私の家の屋根は可笑しい、シマウマか麒麟のようだ。

 さてそういった訳で一日貴重な時間をまたまた、楽しい遊びでつぶしてしまった。愉快愉快。

更新時間 : 19:10:31

5月9日 (金)

はる 728
 クラッシク音楽をやる人が留学して、何年かしてその国の言葉をまがりなりにも不自由なくしゃべれるようになって、初めて「音楽」がわかった、とかいうことを聞いた。
 例えばどんな唄でも今ここで唄ってみろ、といわれてどんな唄をうたうのだろう。私なんかはさしずめ、なつかしのグループサウンドシリーズかしら。去年の紅白歌合戦なんかを見てもほとんどピンと来る歌が無かった。沖縄の歌や民謡がよかったなぁとおもったぐらいだ。確かに我々は今唄えるうたをなくしているなぁと思う。流行歌というのでもなく、心にぐさっとくるような歌を失ってしまった。それはある意味で我々が「日本人」としてのアイデンティティを見失っているということにならないかねぇ。

 少し前のコラムでこんなことを読んだ。「国家などというものは存在しなくてあるのは変化する国語だ」
 日本語というのは実に融通無碍で軟体動物のようでしまりが無い。其の体裁そのものが漢字まじりの表現で、其の上カタカナ、ローマ字、最近では英語そのものを国語として取り込むことも可能だ。
 このことは我々の文化そのものをよく表しているように思える。そのことがそっくりそのまま「言葉のDNA]として残っている。

(漢字表現)昔は唐様が最新の流行だった、空海はじめ多くの天才が命がけで中国に渡ってその文物をわが国に広めようとした。
(カタカナ、ローマ字表現)それが維新後は脱亜入欧で舶来がお洒落となってこぞってみんな西欧に渡った。今の大学や政府の機構、芸術や科学に至るまですべてそこから真似をした。
(英語表現)戦後は米国の豊かさに憧れた、何とかそこまで追いついたのはよかったのだけれど、上手い事いってだまされて凋落の一途というのが今の日本の状態という訳だ。

 純粋な「日本人」なんていうのは、実際には存在しないのかもしれない。図書館や博物館に行けばそこにはあるかもしれないけれど、日々こうやっていきて変わってしまう以上、実際にはそんなものはいないのだ。

 なんだか何が言いたいのか、訳がわからん文章になって来たのでここまで。
 

更新時間 : 19:39:55

5月8日 (木)

はる 727
 今日は何だか変な天気だった。雨が降ったり、風が吹いたり、夕方からは少し寒くなってきたようだ。
  ということで又明日。

更新時間 : 21:13:29

5月7日 (水)

はる 726
 さて今日も学校からです。

 テレビをまったく見なくなってもう一年ぐらいになる。自分のテレビをセットすれば見ることは一応できるのだけれど、なんとなくそのままになっている。
 不思議なことにニュースぐらい見なきゃ時代に遅れるだろう、と考えるけれど、何だかんだで必要なニュースは耳に入ってくるものだ。(無論、新聞は読んではいるのだけれど)
 
 テレビが悪い訳ではないけれど、これにはある種の習慣依存性がある気がする。見出すと止まらない。特にチャンネルがリモコンになってから、つまらないと思えば次から次に飛ばして見る(飛ばし視聴)でついつい切らずに見続けてしまうという習慣がついてしまった。ついつい夜更かしになるし、二時間三時間簡単に見てしまう。特に理由があってやめたわけではないのだけれど、これはいい習慣だと思っている。

 さて授業が始まるので、また。

更新時間 : 18:00:57

5月6日 (火)

はる 725
 今日は一日学校に缶詰です。

 火曜日は昼間の生徒から定時制の生徒まで、ほぼ一日学校で生活です。夜は定時制で食事まででます。昼間の時間と定時制までの1時間ほどはちょうど昼寝タイムとなります。家にあった古いソファを持ち込んで、ここは私の別荘かもしれません。ただ隣が音楽室で、放課後は音楽部のドラムが、若干うるさいのがたまに傷ですがね。

 最近は生徒とうまくやれるようになった。こうなるまで私は20年必要だったということだろうか。人と上手くやっていくのは難しい。特に生意気ざかりの生徒たちと、なんとか上手くやっていくのはなかなかシンドイ仕事だ。
 今のように少し抜けた方が、生徒も楽なのかもしれないね。無論私も楽だし。まぁ生徒の評判では「怖い先生」ということになっているみたいだから、それはそれで一つの持ち味だと思っているので、利用させてもらっています。

 それではもう帰ります。

更新時間 : 20:58:04

5月5日 (月)

はる 724
 五月も色々展覧会がある。とりあえずこの八日まで国画会の展覧会。
 
 5/25〜5/31(5/26 月休館)
 グループ「スクエア」展
 山梨県立美術館・一般展示室B
 055-228-3322

 同時開催
 「スクエア」小品展(月休廊)
 画廊・三彩洞
 甲府市貢川1-1-12
 055-226-8393

 5/29〜6/10(火曜休廊)
 ハーモニック・ハート展(グループ展)
 ハーパーズ・ミル
 甲府市東光寺町1346
 055-232-2974

 6/1〜6/30(日曜・祝日休み)
 ウイリアム・モリス十周年記念「絵手紙」展
 渋谷区渋谷1-6-4 
 03-5466-3717
 画廊喫茶・ウイリアム・モリス

 7/8〜7/19(日曜休廊)
 グループ展
 ギャラリー・惣
 東京都中央区銀座7-13-1
 03-5565-6039

 7/17〜7/22
 榎並和春個展
 神戸・ギャラリー・ル ポール
 神戸市加納町4-6-4
 078-332-3751
 
 今年の9月の美術館実技講座の講師は私です。無料・先着20名まで皆さんふるって参加を!
 
 

更新時間 : 20:40:50

5月4日 (日)

はる 723
 三連休の中日。世の中はのんびりと休日モードだ。私にはほとんど関係が無い。

 新聞の折込チラシは、一番ホットな今の日本の情報を伝えてくれる。朝、新聞を読むことから一日が始るのだけれど、新聞そのものよりチラシの方が面白かったりする。
 一時のように高値の別荘やゴルフの会員権、都心のマンションなどの広告はなくなったけれど、最近は介護保険を使った改装や中古住宅の広告が目に付く。自分がそういったことに興味があるからかもしれないけれど、この介護保険の悪徳商売がこれから大きな社会問題になってくると思う。今はまだいいけれど、これから我々団塊の世代がこの保険の世話になってくると考えると、もっと能率的で管理のしやすい方法にしなければ、悪い奴の温床になりそうだ。

 そんなチラシの中にこんな広告があった。「絵になる家に暮らす。シリーズ(アートあんどクラフト)は世界中の美しい建築様式を日本の風土や気候にあうように進化させたシリーズです。」
 カナデアンタイプ
 フレンチテンポラリータイプ
 ヨーロピアンカントリータイプ
 フレンチコンテンポラリータイプ

 最近家のまわりにも美しい水田をつぶして、みにくい分譲地が雨後の竹の子のように出現しているけれど、出来上がった小さな町はどこかのテーマパークにまぎれこんだか、と思うほど奇妙な風景だ。確かにそれは一つ一つはトータルに美しくはあるけれど、まとまって出来た町に何の美しさもない。百年経ったらそれなりに美しい風格のある街並みになってくれるのだろうか?

 衣食住というけれど、この住が一番その国民性が出るものとおもわれる。貧しいのはそれはそれで「美しく」はある。中途半端に「あれもこれも」選択できる小金もちが一番始末に悪い。

 文化とか伝統、美術とか芸術というものはすぐには役に立つ物ではない、役にはたたないけれどじんわりと「その生き方の指針」を提示してくれるものだと思う。もし我々が今から本当にこれからの事を考えるのであれば、そこのところからじっくりゆっくり考えて伝えていくべきだと思うのだが、いかがなものか。


更新時間 : 22:09:09

5月3日 (土)

はる 722
 「麒麟」をアップしました。これについては「はる 654」に書いたので、コピーしときます。


 はる 654
 「麒麟」 2003  F130

 なぜ麒麟を描こうという気になったのか、つらつらと考えてみた。

 中国の古い考えでは四方には四つの聖獣がいて、東からそれぞれ青龍、朱雀、白虎、玄武(かめ)という事は聞いていた。そういったことを下敷きに風来坊の曲芸師との組み合わせを考えていた。幻の珍獣というのであれば、西洋じゃユニコーンもそうだったなぁという連想から、調べてみるとこれが東洋の麒麟と近い関係にあったという訳だ。

 麒麟は物凄く頭のいい動物とされている。もちろんこれは人が作り出した想像上の動物であるから何とでもいえるわけだけれど、反対に考えてみれば、だからこそ人間の理想、願望というのがよく表現されているといえるのじゃないかと思う。
 麒麟は絶対に人を傷つけないとされている。その角は他を傷つけないために丸く肉付いている。一説によると蟻さえも踏まないように注意して歩くとか。これはいってみれば徹底的な「非暴力」、理想的な「平和主義」といえるのじゃないか。

 もう一つの特徴は麒麟が現れる時は理想的な哲学者、政治家が出てくるときで、この前に出現したのは孔子が生まれたときだとされている。孔子の母は麒麟の足跡を踏んだ時に彼をはらんだとか。馬鹿な大統領の言いなりになってないで、今まさに真の指導者の出現を待つということを考えれば、これも一つのメッセージになるのかもしれない。

 「反戦」「非戦」そんな思いが多少なりとも乗せられるといいなぁと思う。



更新時間 : 18:29:42

5月2日 (金)

はる 721

 「ねがいごと」1999 S100

 自分の絵のモチーフではあまり出てこない子供がテーマになっている。
 子供の頃は無邪気で心配事もなくいいなぁ、なんて本気に思ってる人はよっぽど幸せな子供時代をおくった人だろう。子供は子供なりに、ぎりぎりの不安をかかえているもんだ。それは今あなたがかかえている心配事と分量にすれば同じということだろう。例えば明日の天気は彼にとっては、今までの自分の人生で一番の心配事だったかもしれないのだ。そんな気分が表現されればいいなぁと思った。

 しかしなぜその後ろの棚に「オスカー賞」のトロフィーがならんでいるのだ?と聞かれた。


 「夏の丘」 1982 F80

 この丘シリーズの最初の作品だ。だからという訳でもないが、線や形に作為がめだつ。ほぼ一年かけてこのシリーズは終わる。だから幸せなことに、何かの兆しをかんじさせる「春の丘」で終わる事になった。気分的に「冬の丘」で終わってしまうと救いがないきがしないか。
 
 関係ないけれど、この文章を書きながら棟方志功のことを思った。随分前のテレビだったけれど、彼の製作ドキメントをやっていた。とても尋常じゃないある種の異端児=天才だけれど、言ってる事は全て的を得ていて、彼がどこかでそういった教養を学んできたとは思えないのだけれど、一つ一つの言葉に、作品に真実があった。

 私など多くのことを知らないのだが、知ったかぶりして偉そうなことを書いていることが多い。彼らのような天才はその血、DNAの中にそういったひらめき、勘があるのだろうなぁ。学んで努力して得られる物には限界があるものだ。

 羨ましいけれど、私にはもうすでにその天才はない。

更新時間 : 19:05:21

5月1日 (木)

はる 720
  今の仕事になって、連休という意識がほとんどなくなった。だから五月のゴールデンウィークはどうしょうか、などと悩む事も無い。大体このいい季節にどうして休みの日をくっつけたのだろう。どこにも出掛けなくても、一日家にジーッとしていても、私は充分に楽しいのだけれど、家人はそうでもないらしい。

 きょうは野暮用で疲れました。それでは又明日。



更新時間 : 23:38:42