[HOME] [MASTER]
絵描きのぼやき

2月28日 (火)

はる 7968
 京都行いろいろ準備

更新時間 : 18:24:29

2月27日 (月)

はる 7967
 いろいろ準備

更新時間 : 21:38:15

2月26日 (日)

はる 7966
 チェロでした。

更新時間 : 21:31:14

2月25日 (土)

はる 7965
 TAOでした。


更新時間 : 21:37:07

2月24日 (金)

はる 7964
 眼医者

更新時間 : 22:12:59

2月23日 (木)

はる 7963
 絵を生業にする方法をたずねられたので考えながら書いてみる。前にも書いたかもしれん。絵を描くことが何よりも好きで、絵さえかいていれば他は何もいらないというような人が本当は絵を生業にすべきなのかもしれん。しかし、絵を描くことを生業にしたいならば色々ある。例えばアニメーターとかイラストレーターとか物語が書けるなら漫画家というてもある。工業系に向いていれば車や色々な機械や新しいパッケージのデザイン画とか建築のパース画なども絵描きの仕事といえばいえる。しかし、純粋な意味で作家として「絵を描く」ことを生業にするのはとんでもなく難しい。仮に作家が10人いれば10通りの方法がある。他の人の事は分からないので自分の事を話すことにする。私は絵のようなものを描いて生業にしていますが、純粋な意味で絵を売っているのではない気がするな。「絵描きという芸」を切り売りしているのではないかと。純粋に絵を売りたい人は真似してはいけないような気がするな、絵を売りたい人はもっと技術を磨いた方がいい。私がもっぱら得意とするのはあーでもないこうーでもないくだらないことを日々考えることで、例えば「思索家」とか「散歩家」などとうそぶいて、自分の幼稚な思索を繰り返して絵にしたり、文章にして恥をさらしてゆく。そういう芸を売っている。その見返りにお布施とかご喜捨としてお代をいただいているのではないか。これを何というのだ。

更新時間 : 22:14:29

2月22日 (水)

はる 7962
 今年度最後の授業

更新時間 : 22:11:35

2月21日 (火)

はる 7961
山梨新報2月コラム
 工作少年の夢物語
 あれは小学校の低学年の頃だったか、トランジスタラジオが世の中に初めて出てきた頃だ。今まで真空管ラジオしか見たことがなかった私にとって、小さな手の中に入るようなラジオから一人前に人の声が聞こえたり、音楽が流れることが不思議でしかたなかった。本当は小人がこの中に住んでいていろいろと仕事をしているのではないかと、親の目を盗んで分解してみたい衝動に駆られることもしばしばだった。
 それからしばらくして、そうだな我々が小学校の高学年になった頃に、鉱石ラジオがブームになった。高性能のトランジスタラジオなど子供たちにとっては、どだい高根の花で、簡単に手に入るものではない。ところが鉱石ラジオは自分たちの小遣い程度で、少し無理すれば入手できるものだった。今から考えるとなんとも幼稚な器具なのだが、当時の工作少年たちにとっては夢の箱だったんだな。
 ある時に鉱石ラジオを分解した。どう考えても不思議なんだもの。真空管ラジオやトランジスタラジオなら、それなりの機械がそれなりの状態で整然と並んで、これは由緒正しい機械ですと主張してくる。ドライバーとラジオペンチ一本ではどうにも太刀打ちできそうにない。
ところが鉱石ラジオはそうではない。どうにもこうにも拍子抜けするくらいに軽い。空っぽなんだな。あるのは、いわゆるゲルマニウㇺという鉱石がはいった豆粒と、コイルを巻いた筒が一つ入っているだけだ。これだけでどうして音楽や会話が聞こえるのだ。不思議で仕方なかった。ある種の鉱石にそういった能力があることを見つけた人は天才に違いない。
 夢の道具といえば、どうすれば離れた人と簡単に会話を楽しめるか、まぁ電話とか無線など当時も当然あったのだけれど、それは実用的なものであって子供の遊び道具ではない。今の携帯電話などまだまだ影も形もなかった時代だからな。
 エスパーという宇宙少年がいて、テレパシーで何の器具も使わずに意思を交換出来たり、これまた何の道具も使わずに瞬間に場所を移動することが出来る超能力を持っているなどという話を夢物語で聞いた。そういえば、ある意味今の携帯電話は当時考えていたテレパシーの能力をだれもが得たことになるのじゃないか。
 便利は不便を駆逐する。携帯やパソコンが生まれた時から普通に身近に道具として存在する人間と、我々のようにアナログで育った人間との間にはかなり大きなギャップが存在するだろうな。キーボードをたたくだけで世界と通信できる、遊ぶことが出来る、仕事が出来るというのは便利なようで不便である気がするな。単に老人の杞憂に過ぎないのかな。どうなんだろう。


更新時間 : 22:09:58

2月20日 (月)

はる 7960
 ゴム版画の簡単な陰刻です。
 @ゴム版に簡単な線彫りをする。
  凸版ではないのでこの線彫りが版の輪郭になります。
 A色付きの画用紙、ラシャ紙などに適当な色を置く
  色んな色を置いた方が面白い効果が出る。
 B版に白色ジェッソを塗ってAの上に置く。
 これだけです。

更新時間 : 21:25:18

2月19日 (日)

はる 7959
 帰宅しました。

更新時間 : 18:57:40

2月18日 (土)

はる 7958
こうべ2日目

更新時間 : 07:27:42

2月17日 (金)

はる 7957
法事1

更新時間 : 22:30:27

2月16日 (木)

はる 7956
 中澤さんとガッコ

更新時間 : 22:11:18

2月15日 (水)

はる 7955
  つれづれに          榎並和春
 二十歳の誕生日に油絵の道具一式をお袋にプレゼントしてもらった。今でも覚えていますが神戸大丸の手前の小さな画材店だった。あれから半世紀が過ぎた。
 絵描きになるとか、生涯つづけていくなどとは夢にも考えていなかった。とにかく日々ぐーたらに生きている息子を案じて「絵でも描けば横道にそれないで生きていってくれるのではないか」という親心だったのではないかな。
 何年か夢中になってやってきた時に、絵を描く友人から「絵などやってもどうにもならない、人生を棒に振るだけだぞ」と諭された。その通りなんだけれど、もう後には引けないほどのめり込んでいた。
 三十歳になった時に定職に就くことを止めて、とにかく絵を描いていくと決めた。これが大きな転換期かな。
 ともあれ、こうやって続けてこれたのは最初にきっかけを作ってくれたお袋のおかげと感謝している。

更新時間 : 19:40:43

2月14日 (火)

はる 7954
 歯医者のあと三美搬出

更新時間 : 23:01:50

2月13日 (月)

はる 7953
 パス

更新時間 : 22:35:58

2月12日 (日)

はる 7952
 裸婦クロッキー

更新時間 : 19:13:55

2月11日 (土)

はる 7951
 2023 F6部分「駅前ロータリー」混成技法
未発表
、、、
南甲府駅の駅舎
地方にはひなびたローカル線が多い。身延線もその一つだ。無人駅も多くこの南甲府駅の駅舎は絵になる。しかし、これを写真をみてそのまま描いてもまったく面白くない。

更新時間 : 23:26:44

2月10日 (金)

はる 7950
 大雪
ゆめのまにまに
 大阪には随分とお世話になった。今も2年に一度個展開催させてもらっているので悪口は書きたくない。でもしかし4年前後も住みながら一向に愛着が湧かなかった。大阪の持つあの圧倒的な土着のパワーも自分のものには出来なかったな。関西といっても神戸、京都、大阪とそれぞれに微妙にちがうのだな。お笑いはなんと言っても大阪、吉本だったけれどね。最近の吉本は権利にへつらって嫌いだな。芸人は権力者を笑い飛ばしてなんぼだろ。大体国から金もらった段階でアウトだ。

更新時間 : 21:16:34

2月9日 (木)

はる 7949
 学校
「ゆめのまにまに」70年は夢の如し。二十歳前後に絵を描き始めた頃は何も考えていなかった。当たり前だけれど、50年後の私など夢にも見なかった。今を生きるのが精一杯だったな。
 大阪の学校をでる頃、ちょうどオイルショックで世の中が急激に不景気なった。就職先も激減して内定取消しもあったようだ。イチゴ白書の歌詞のように もう若くないからと髪を切って就職していった奴も多かった。若気のいたりで当時は何をしてでも生きて行ける気がしていた。普通に就職してサラリーマンなどなる気がしなかった。かといって何の資格も特技もなかった若造にできることなど何もなかったな。多少絵が描けるといってもそんなものは何の役にもたたない。かえって邪魔になるくらいだな。、、、


更新時間 : 20:38:55

2月8日 (水)

はる 7948
 山美会員展審査、飾りつけ、当番
学校

更新時間 : 22:00:18

2月7日 (火)

はる 7947
 額入れ

更新時間 : 21:48:32

2月6日 (月)

はる 7946
 ゆめのまにまに」とはどういう意味なんだろう。何も調べないで第一印象を書いてみる。最初の浮かんでいた言葉は「ゆめのつづき」だった。それから「あるがままに」というのも浮かんだ。両方とも今まで作品のタイトルに使ったことがある言葉だ。まぁ私にとってはなじみのある言葉で、あるいみ新鮮味はない。そこから「ゆめのままに」まではわりと近い。どこかはやり歌のタイトルのようでちょっと一年間自分の個展のタイトルにするには恥ずかしい。そこで「ゆめのまにまに」突如浮かんだ。で調べてみると・・・「まにまに」とは、漢字で「随に」と書いて「まにまに」と読みます。相手の成り行きや状況に合わせて進む様子を意味します・・・とある。そうすると夢を見るように事の成り行きに任せるということかな。なかなか意味が深く優柔不断の私の人生にぴったりの言葉ではなかろうか。夢かうつつかマボロシか昼行燈のような私の生き様そのものをよく表している。これにするか。

更新時間 : 20:37:44

2月5日 (日)

はる 7945
 「 ゆめのまにまに」
次のテーマを考える。色々浮かんでは消えて行く。どれもが当てはまりそうでもあり、全く見当外れのような気もする。あまり大上段に構えたテーマだと最初はいいのだが、段々恥ずかしく思えてくる。誰もが理解できて納得できる、そうだよな、、と思えるコトバを探す。難しく楽しい仕事でもあるな。自分の人生を俯瞰的に眺めてみる。突然 ゆめのまにまに という言葉が降りてきた。そうだよな、ここまでの人生を振り返ると夢を見ていたようだ。夢と現が波間に漂う泡のようなものだ。

更新時間 : 21:48:49

2月4日 (土)

はる 7944
 吉川にいく

更新時間 : 16:35:48

2月3日 (金)

はる 7943
 節分豆まきをした。TAOの打ち上げ。

更新時間 : 22:59:02

2月2日 (木)

はる 7942
 確定申告
2023 男と女 F20 部分
未発表
、、、、
 「男と女」といえばクロード・ルルーシュ監督の映画を思い出す。何よりも フランシス・レイの音楽がよかった。当時フランシスレイは乗りに乗っていて色んな映画音楽を手掛けていた。中でもこの「男と女」は秀逸で言葉のないスキャットで世界中のファンを獲得した。映画のシーンで一番印象に残っているのは海岸のシーンでカゲロウのように人間がひょろひょろ浮かんでいるシーンかな。何故かジャコメッティの細長い彫刻を彷彿させた。
 1966年の制作というから私は14,5歳の頃だ。もちろん当時は映画館では観ていないはずだ。テレビの映画番組で観たのかもしれんな。それでもかなり若い頃に観た覚えがある。フランス映画にしろイタリア映画にしろハリウッド映画と違うところは巨額の資金を掛けて盛大にぶっ壊して驚かせて何ぼや?ではないところだな。興行的にはその方が収益は上がるのかもしれないが、もちろんそれを否定するわけではないけどね。それもあっていい。でもそれだけじゃつまらんな。フランスを含めてヨーロッパで小津安二郎の映画が受けるのは、何気ない日常にこそ物語がある、そういう考え方がどこか共通するものがある気がする。

更新時間 : 22:45:11

2月1日 (水)

はる 7941
 二月です。

更新時間 : 19:20:02

[BACK] [NEXT]

エース