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絵描きのぼやき

1月17日 (土)

はる 9169
何が描かれているか分かるという意味では具象画ですが、実は何も具体的には描写していないのです。ですからこれは抽象画と言ってもいい。人物でも風景画でも静物画でもまったく同じです。絵にすること、絵になる事それだけを考えて筆を置いています。その事を少し書いていきましょう。
 何か見本になるもの、例えばエスキースとかスケッチとかデッサンでもいいや、そういった見本があればそれを写そうとしますね、まぁ絵を描くとはそういうことなんだけれど、そうすると見ているのは見本で写すという事が主体で、絵にする事にあまりきがいきません。
 デッサンや絵が上手な人が陥りやすい事ですが、それだけが主体になってしまうと工芸的になりやすいですね。超絶技巧のどうだ!上手いだろう。みたいな。まあ、それも一つの在り方ですが、全てではない。

絵にする、というより絵になるといった方がニュアンスが伝わるかな。コラージュしたり絵の具を垂らしたり、いたずら書きしたり、私は画面を眺めている。絵の中から浮かんでする形や色、イメージを拾い上げることが私の仕事かな。「夢のまにまに」そうやって出来るだけ画面に身を任せてしまう。作為のない状態がベストかな。なかなかそうはいかないのだけれど、そうありたいと思っている。絵を描くというより修行の場かな。だからアトリエは礼拝堂のようだ。
 絵柄には統一観がない。人物も風景も静物も同じですね、共通しているのは私から出てきたものというだけなか。

更新時間 : 20:10:44

1月16日 (金)

はる 9168
今ある状況から一つ前に戻って考えるという私の癖はその頃からついたもので、それを突き詰めて考えるとどうしても源泉(オリジン)にたどり着く。
 絵画の組成を考えると、驚くことに古今東西地域や場所や時間は異なるけれど、結局は支持体と色の粉とそれをくっ付けるのりの違いということに気がつく。洋画だ日本画だ水彩だ水墨だと大きく異なるようにいうけれど、オリジンに戻って考えると大した違いでは無いのだな。

原点に戻る事がなぜ大切といえは、例えばカレーを作るとしょう。普通ならばお店でバーモントカレー?のルーを買ってくる。それで今日はキノコにしょうとか、チキンにしょうとか、たまには海老を買ってきて海鮮カレーにしょうとか決めるわけだ。何カレーでも、何でも出来ると勘違いする。しかし、それ以上のバリエーションは出てこない。
 ところがカレーのルーから作るとすると大変だ。まず小麦粉をバターで炒めて色々なスパイス(ターメリック、クミン、チリ、コリアンダー、カルダモン、シナモンなどを粉にした物)を加えてやっとルーが出来る。ここまで降りてくると色々なバリエーションが考えられる。
 ここから出て来た発想は千変万化、誰にも真似の出来ない本物(オリジナル)ということになるのだろう。

96年に油彩をやめました。理由はここまで書いた事でお分かりになったかと思いますが、油彩である必要性が無くなったからですね。
 今はパネルに綿布を水張りしたものに、麻布を貼り込んだものの上に色々な画材を併用して描いています。基本的にアクリル絵の具ですが、親水性のものなら何でも画材として使えます。
 例えば日本画の顔料である胡粉やべん柄、雲母や墨など、建築の塗装に使う砥の粉や水性塗料やパテや壁土も使えます。
 異なった成分の物を混ぜて使うという意味で
混成技法と命名しました。

更新時間 : 15:33:19

1月15日 (木)

はる 9167
日本に油彩画が入って来たのは150年ぐらい前の明治の頃だ。当時の日本は西洋文明の圧倒的な優越性に度肝を抜かれて、あらゆるモノを解釈し取り入れる事に心血を注いだ。油彩画の習得もその一貫で元々は芸術というより科学に近いモノで、最初の学校は工部美術学校だった。洋画の基本は現実世界を如何にすればリアルに平面に再現出来るかという事で、そのために様々な遠近法や明暗法、油彩の技術や技法を工夫した。その事は優れた科学でもあったわけだ。
当時の作家はそれこそ死に物狂いで西洋の洋画の技術を真似した。黎明期の作家に優れた人が多いのもうなづける。当時の時代の雰囲気を代表する作家はヤニ派といわれた浅井忠と紫派といわれた黒田清輝だ。浅井は古典的な洋画の技術でもって史実などを絵にした。それ故に画面が暗くヤニ派などと揶揄された。反対に黒田はフランスに留学して当時流行っていたい印象派の理論でもって人物写生などをしたから、陰影にセピアを使用せず青や赤の混色で表現したために紫派などといわれた。当然時代は黒田に軍配した。
当然私なんかも印象派から入りましたからパレットから黒を排除するという神の啓示に従ったクチです。
 日本のアカデミックといわれるものが、西洋では反アカデミックの代表として当時流行り出していた印象派の手法になったものだから、まったく上下が逆転してしまった。今でもそれをひきづっていますね。日本の常識が世界の非常識みたいな。
 話がそれました。
ところで、印象派の手法というのはかなり曖昧でそこがまた作家個人に委ねられた分野でいいところでもあるのだが、絵の具の特質や成分などどうでもよくなって、生乾きの上にただ力任せに塗りたくったような乱暴なというのか、無知というのか、何でもありの混沌の状態になってしまった。
 そこに拍車をかけたのが絵の具のチューブ入りの発明だろうな。絵描きはキャンバスと絵の具をもってとこにでもスケッチに出かけられるようになった。という事で、ますます混乱を呈することになった。

ちょうど学生の時に有元利夫や絹谷幸二などがさっそうと画壇にデビューしてきて、西洋の油彩以前の絵画の方法や絵を描く材料に大変興味をもった。美術大学でもこの頃から材料学的な分野が注目され始めた時期だと思う。私の学校でも夏の集中講義で「油彩画の技法」の黒江光彦が講演したりした。なかなかそういう意味では熱い時代だったな。

更新時間 : 23:02:41

1月14日 (水)

はる 9166
今日は朝から県の仕事で展示作業、もちろんボランティアでアゴアシも無し。この国の文化行政はこんな人達で成り立っている。寒いのにご苦労な話です。
 先生と呼ばれるシルバーさん。

 私達の子供の頃は町中に子供が溢れていた。学校は溢れた子供を収容する為にグランドに急きょプレハブの教室を建てた。そういった風景が当たり前のように思っていたが、いま周りを眺めると年寄りばかりで先が見えない。
 高度に成熟したといえば聞こえはいいけれど、少子高齢化は何十年も前から分かっていたことで、何もやってこなかったツケが今まわって来ただけだな。

ネットの情報なので真偽は確かではないけれど、中国のロボットの進化の度合いが全く凄い事になっている。昔ホンダがアイボを世の中に出した時はまだ可愛かったが、今のロボットはほとんど人間のようだ。発表された物が本当であるなら、次はsf映画のようにロボットと戦わなくてはならないな。少子化とロボット、どうなるのだろう。
 ただ私は負け惜しみではないけれど、人が生きるというのは晴耕雨読のような素朴な生き方の方に回帰するのではないかと思っている。その時にはわたしはもう居ないけれどね。

更新時間 : 21:18:24

1月13日 (火)

はる 9165

クロッキーは楽器と似ているな。忘れはしないけれど、しばらくやらないと全く勘が鈍って腕が動かない。しかし、これが出来たからといって何のことはない楽譜通りに弾けるというだけだ。まだ入口にも達していない。表現の奥山は限りなく深くて遠いのだ。人生は長いゆっくりやることだ。

人の作った物にはある限界があって、その人以上の物は出来ない。もし出来たとしても見過ごしてしまうか、他の人に発見されなければそのまま闇に葬られてしまう。見えていないのだから仕方ない。
 それ故に作家本人の懐の深さ、眼力を磨くことが大切で、具象も抽象も同じだが、基本をしっかり押さえていないと作品の幅が狭くなり、バリエーションも少なくなり、1 つ見れば充分だということになる。まぁ自分の事は棚に上げてますが、、、。

クロッキーやスケッチも絵画の一部ですから、絵画の造形の成り立ちの基本はあるわけです。見たまま描いている訳ですから、言葉になりにくいですがやってみましょう。
 まず、見ているのは全体です。全体の中の部分を描いています。その場所が全体の中でどういう位置にあるかを常に確認しながら筆を動かしています。私はこう見ましたという報告がクロッキーやデッサンでしょう。それが意識されるかどうか、それがまず一番でしょうね。次に線はなぞらない事、一筆一筆間違えてもいいので生きた線を引く事かな。上手い下手は数を重ねると自然に自分なりに上手くなります。
 アナログで絵を描く面白いところです。

更新時間 : 20:35:46

1月12日 (月)

はる 9164
裸婦クロッキー

更新時間 : 19:45:58

1月11日 (日)

はる 9163
よくパクられたなどということを書いている記事に出会う。自分の作品は唯一無二の全くのオリジナルだ、というようなことが書かれていて自信満々だ。それではとInstagramの画像を見にいけば、どこにでもあるような作品でガッカリする。
 これだけsnsで画像が世界中で見られる世界で全くのオリジナル、いままで見た事がないなどという物はない。何処かで未開の土地で誰とも接触しない民族ならあり得るけれどね。
 発想を変えて皆んなの心に共通するものならどうだろう。その為には深く自分を掘り下げて源泉(オリジン)に当たるしかない。それを本当のオリジナルというのではないか。
 学ぶは真似るから始まる。私のモノマネは学生時代のセザンヌの空間の分解から始まって、キュビズムの構成的組み合わせのピカソ、ブラックを経て、なぜ油彩なのか?と疑問を持って一気に古典的な油彩画に戻る。それでも飽き足らず、更に古い時代に戻ってルネサンス以前のテンペラやフレスコ画、そしてジョットに出会う。今の作風はいままで見てきたもの、影響されてきたもの、全てを足して自分なりの味付けしたものに過ぎない。

更新時間 : 22:59:49

1月10日 (土)

はる 9162
でまぁ、次の五月の個展から
「あさきゆめみし」なんですね。これは狙ったわけでは無く、たまたま今の話と繋がったんです。
 毎年テーマを決めて各地を廻ります。今年は五月に千葉、七月にうめだ阪急、十二月クリスマスに銀座ですな。
 どこか近くで開催していましたらお立ち寄りくださいな。以上宣伝でした。

更新時間 : 16:57:55

1月9日 (金)

はる 9161
今日も寒い一日になりそうだ。

流れてくるスレッズを眺めていると、驚くべき数の作家がいる。中には二、三ヶ月前に仕事を辞めて画家宣言している人までいるのだから、人生最後の仕事は作家だというのは間違いではないな。危ういけれど、続けられるならそれもいいでしょう。百人いれば百通りのやり方があるのが作家業だからね。

 デッサンなどやった事などなくても絵は描けるけどね、モチベーションを長く持ち続けるのは難しいだろうな、何故なら仕事がパターン化してしまうからだ。例えば子供の絵とかアールブリットとかプリミティブな民族画のように意識せずに無為の状態になれる人なら持続することは可能だけれど、普通の人間には不可能に近い。
 有為の奥山今日越えて、浅き夢見じ酔ひもせず。有為を越えて無為に至る、まぁこれが絵を描く極意と言える。
 これが日本人の心のベースになっている「いろは歌」の終わりの部分だとどれだけの人が気がついた?

 まぁ、自分なりの解釈で間違っているかもですが、有為ってのはまだ自意識過剰で迷っている段階ですね。例えば上手くなりたいとか、有名になりたいだとか、褒められたいとか、まぁそういう欲のところで迷っている状態ですね。で、何にもとらわれない無為の状態になりたいのですが、凡人には無理なんです。ですが夢中に我を忘れて描いている時に時々たまにそういう没我の状態になる。デッサンに囚われない為にデッサンするというのはそういう意味なんですね。キッチリ綺麗なデッサンをしろという事では無く、凡人が無為になれる唯一の方法じゃないかな。知らんけど。

更新時間 : 23:09:45

1月8日 (木)

はる 9160
パス

更新時間 : 08:26:14

1月7日 (水)

はる 9159
事後報告
 トイレのシャワー部分から水漏れと報告したのは正月の、2日だったね。あれからフィルターの掃除をしてみたり、色々やってみたけれど改善がみられなかった。
 普段はコンセントを抜いて必要な時だけ入れるという変則的な使い方をしていたのだけれど、漏電から火事になる可能性もあるからな、いよいよ買い換える事にした。

 まぁ、買い換えるといっても結構高い物だからな。掃除機のためにとって置いた予算から流用するしかない。 
 という事でネットで調べるとまぁ、色々沢山出てくるはててくるわ、何がどう違うのかよく分からねぇな。
 基本は温水シャワーがあれば事足りるのだけれど、これから高齢化して手足が不自由になった時の事など考えると自動開閉の機能も欲しい。
 という事で実際に電化量販店に見に行く。

 主力商品ではないのか、コーナーの片隅に何点か置いてあったけれど、誰も商品の説明にも来なかったな。まぁその方がいろいろ比べる事ができてよかった。
 しかし、お店に展示してあるものはネットに比べて3割は高い。それに自分で取り付けることはあまり想定していないな。取り付けてもらうとさらに料金がかかる。
 という事で家に帰ってネットで注文した。

それで今日昼間についた。お店で実際の物を見てネットで注文するという今時の買い物の形態だな。だんだんそうなるよ。
 工事そのものは簡単なものだ。工具さえあれば誰でも出来る。ただ説明書をみるとやたらと難しく感じる。要するに今あるトイレのパターンを全て網羅して漏れがないように書かれているので難しく感じる。自分にとって必要なものはその中の一つでしかない。
 やっと終わった。

更新時間 : 18:07:49

1月6日 (火)

はる 9158
色々ネットで検索してから電化量販店に実際の物を見にいく。お店には色々な会社の商品が並んでいましたが、どれもネットの値段より三割位高い。これではもうお店では買えないなぁ。
 家に帰ってからネットで注文する。前にタワシを買った時に変なサイトで詐欺られた事があったので、慎重に慎重に選んだけど、結局はエイゃとポチってしまった。明後日には来る。水道工事がまた面倒だ。
私は今年春に74歳になる。子供の頃の覚えている祖父は65,6じゃなかったか。印象として日本昔話の爺さんそのものだったな。腰も少し曲がっていたかもしれん。毎日釣竿を持って近くの池に釣りに行っていた。当時の私からすればこの世の人とは考えられないくらい遠い人だった。
 今私はその位置に立っている。まったくガキのようだのう。

更新時間 : 12:03:37

1月5日 (月)

はる 9157
トイレのシャワーから水漏れだ。私にとっては新年早々大事件だ。めんどくさ。

更新時間 : 19:31:30

1月4日 (日)

はる 9156
俗物と言えば親鸞の悪人正機説を思い出す「善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」
続きは↑に書きます。
聖人なら自分で何とか出来るだろう、問題は色々な煩悩に惑わされている俗人の方で、そういう俗人に寄り添って一緒に悩んだり悲しんだりそして励まし歓び歌う人が必要だ。我々の仕事はそんな仕事ではなかろうか。
「聖人なをもて往生をとぐ、いはんや俗人をや」

更新時間 : 23:10:24

1月3日 (土)

はる 9155
正月三日は朝から初詣、長年お世話になった人の年始まわり。これで我が家正月は終わりかな。
本当は絵だけ描いていれば幸せだという人間では無い、そういった人が残るのかな。私は残したいという欲も無いかわりに今を楽しく生きたいという欲の方が勝っている。
俗物だからこそ描ける絵がある。俗物だからこそ悩みも悲しみも喜びもある。聖人になっていまうと絵など描かなくてもいいのじゃないかな。愚者こそ私だな。

更新時間 : 19:53:16

1月2日 (金)

はる 9154
正月は毎年何もしない。昨日は一年ぶりにテレビを観た。紅白を観て風呂はいって寝た。毎年思う事はもう流行歌というジャンルはないということだな。新しい歌は私の知っている流行歌では無いな。びっくり仰天するばかりだ。今の人はあれに心奪われるのか?とすればギャップがあって当然のことだな。
当時はまだリノベーションなどという洒落た言葉もなかった。子供の頃から自分の棲家を作るという事に人一倍興味があったな。古い家を自分なりに改装するのには建築法や技法など何も知らなくてもできる。知らないから好きなようにすればいいと考えた。天井がなくても壁に穴を開けても誰も怒りはしない。お金はないけれど時間だけはたっぷりあったのでね。他の人がお金を払って専門家にやってもらう事を時間をかけて自分でやることは楽しい事だった。
その仕事が好きなら何にも問題はない。組織の中でしかできない仕事もあるだろ。問題なのは皆んなが就職するからする、出来るだけ大きな会社にとか安定しているからとか、仕事をする本来の意味から逸脱している場合だろうな。何も考えないと、ほとんどの場合そうやって日々の安定と将来の保証を人質に取られて一生が決まる。
 自分の為ではなく組織のために働いて、銀行に貢いで一生が終わるのだ。その事に気付かれないように上手い具合に隠されている。

更新時間 : 11:11:18

1月1日 (木)

はる 9153
正月は毎年何もしない。昨日は一年ぶりにテレビを観た。紅白を観て風呂はいって寝た。毎年思う事はもう流行歌というジャンルはないということだな。新しい歌は私の知っている流行歌では無いな。びっくり仰天するばかりだ。今の人はあれに心奪われるのか?とすればギャップがあって当然のことだな。

更新時間 : 21:42:03

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